お侍様 小劇場
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    “お昼寝 すやすやvv” 〜寵猫抄より


夏台風にしては駆け足でもなく、
そんなせいでか迷走ぶりもあまり目立たなかった台風が、
重い腰を上げての立ち去って。
その影響か 少しほど過ごしやすい風の立つ、
涼しい日が続いたものの、
それも今では遠い幻。

 「暑っつ〜い。」

何だか大人げないので言いたかないけど、
それでも ついつい口を衝いて出てしまうほど、
そりゃあもう恨めしいほどに暑い日々が、
あっと言う間に戻って来ており。
特に体を動かすでもない、
ちょっと洗濯物を干し出しただけ、
ペットボトルや空き缶を踏み潰していただけというよな、
ほんの数分ほど陽盛りの下に居たってだけで、
髪の生え際だのうなじだのを伝って、
しずくになった汗が滴り落ちるほどなのだ。

 「お外で仕事してる人たちは、さぞかし大変だろうねぇ。」

郵便屋さんや配達のお兄さんだって、
ボックスカーや軽トラならまだしも、
スクーターで回るのって、やっぱりキツいんだろうねぇと。
こちらさんは一番最初からのずっと、
お勤めといや島谷せんせえの秘書しか知らぬも同然な七郎次としては。
どこか遠くの角を回ってるらしい、スクーターの走行音を耳にして、
今時分が一番暑いんだろうにと、
見もせぬ内から早くも同情の心情になっていたりし。

 「ねぇ……、っと…。」

傍からすれば、
どっちにしたって独り言にしか見えないのかも知れないが、
一応は相手があっての話しかけだったそのお相手、
小さな仔猫さんのいる方へと
端正な白いお顔を向け直したところが。

 「…………ありゃまあ。」

夏場は太陽の通過するコースも高さをとるせいか、
部屋の奥向きにまで陽は差し込まないけれど。
それでも一応、陽盛りからは離れている方が善かれと思い、
リビングのフローリングの中程辺り、
厚みのある花ゴザを広げてやって。
その上でコロンコロンと転がって遊んでいたものが、
今はすっかりと静かになり、
潤みの強くて愛らしい、
真ん丸つぶらな双眸に柔らかなまぶたを軽く伏せ、
すいよすいよという穏やかな寝息の下、
お昼寝に入っておいでのご様子で。

 “猫は寝るのがお仕事、とはいうけれど。”

しかも、まだ仔猫の風貌肢体だというに、
そういや、この家の久蔵さんと来たら、
昼間はやんちゃにはしゃいで遊ぶほうが主であり、
寝るのは夜っぴいてから…というのが当たり前となっていたような。
人の子供として、この幼さだったら必要な程度の午睡で、
十分足りていたような案配だったので、
その元気の良さから気をつけもせなんだけれど、

 “そういうところのさじ加減も“人の子”寄りだったってことかなぁ。”

ホントは眠かったのかしら、
でもなぁ、だったら眠い眠いって動作や態度をする子だしなぁ、と。
そこは毎日を一緒に過ごして来ているのだ、
気づけぬほど鈍くはないぞとの、
自負もある七郎次おっ母様でもあったりし。

 “お仲間が出来たんで、合わせてしまってるってトコかも知れないな。”

幼くて柔らかな身なればこそだろう、
奔放な寝相の末のこと、
ちょっぴり首をよじってるような寝方のその懐ろ間近には、
久蔵よりも小さな小さな存在がおいで。
ガラスの反射越しに見れば、久蔵だって小さなメインクーンの仔猫だが、
そんな彼よりさらに一回りは小さいだろう、
真っ黒な毛並みの仔猫さんが、
お兄ちゃんへと懐く弟よろしく、
ひたりと寄り添うようにご一緒しておいでで。

 『う〜ん、迷子になってる仔猫ってのは聞いていませんねぇ。』

野良でもそうでなくとも、一応は診てもらわなくちゃと、
久蔵のかかりつけとしてお世話になっている、
近所の獣医のせんせえのところへ連れて行ったところ、
患者さんの誰かからという格好で、
そういう話は聞いてはないとのお答えで。

 『今は夏休みって時期でもありますが、
  猫でも立派に家族ですからね。
  出産しそうとなれば、色んな予定だって変更なさるだろうし、
  ウチへも問い合わせが来るもんですが。』

こうまで小さな赤ちゃんが行方不明になったなら、
そりゃあ心配して心当たりのすべてへ知らないかと問い合わせるはずで。

   ……ということは

 “どこかの飼い猫が生んだ仔猫ちゃんじゃあ なさそうってことだよね。”

眸を瞑ってしまってのその身も縮められちゃうと、
漆黒の毛玉ゆえ、どこがどこやら判りにくくなるほどに。
色にも質にもムラのない、それはつややかな毛並みがきれいな、
ちんまりと愛らしい仔猫さんは、

 『にゃあ・みゅ?』
 『なぁ♪』

まだまだ幼いせいなのか、その鳴き方も短くて。
それでも意志は通じているものか、
小さな久蔵お兄ちゃんに、
時々 危なっかしいながらも あれこれ構われておいでであり。
そして、

 「………………。」

頬がくすぐったかったか
小さなお手々の甲で覚束ない仕草のまま、
お顔をこしこしと擦りつつ。
うにゅ…と何かしら口の中で呟いたらしい、
小さな小さなお兄ちゃんだったのへ。

 「………………vv」

思わず頬笑んだ七郎次おっ母様は…といやあ。
最初に訊いた獣医さんのところへこそ、
一応“何か手掛かりが出たら知らせて”と言ってはあるものの、
それ以外には、
迷い猫の貼り紙を貼って回るでなし、
身を乗り出すようにせっせと…という姿勢を取ってまで、
この子の身元を探そうとはしていない。
それと…もう1つの奥の手、
カンナ村のキュウゾウくんを通訳に呼んで、
彼らの事情を聞き出すという手だって、
気づいていつつも取らずにいるワケで。

 “だって…………何だかvv”

家人のほかにお友達がいない訳ではないけれど。
言葉も通じ、想いも通じているお友達だって居るには居る、
島田さんチの 久蔵坊やだけれど。
例えば、
小さな小さな弟分が
しきりと“にぃにぃ”鳴いて話しかけて来るのへ、

 『???』

向かい合ったそのまま、
大きな双眸、きょろんと見開き。
一言一句聞き漏らすまいと、
この子なりに真摯に見やってあげてる様子とか。
哺乳瓶からミルクを飲む様子をじいっと見やり、
濡れたまんまなところが残るお口の周りを、
抱えている七郎次の手元まで よいちょと身を延ばして来、
ちゅっちゅとキスしてやって拭ってやったりする様子の、
あまりにピュアな可愛らしさにあって。

 『〜〜〜〜〜〜〜〜っ。/////////』

久々に悶え死にそうなくらい強烈に、
心打たれてしまったおっ母様としては、

 “自然に、成り行きで判るのを、
  待ってたっていいじゃないか。”

これって無責任かなぁ、
でもでも、
こうまで小さい子、
そうそうとんでもなく遠くからやって来るもんだろうか。
野良ちゃんだったら、そして探しているのなら、
お母さん猫の声がするはずだろうに。
これに関しては ちゃんと耳を澄ましていた中、
そんな気配は少しもしないままだった。

 “ネコって、数の感覚は薄いって言うしな。”

例えば寝床の移動中、親猫は仔猫の“数”を把握してはおらず、
まだ僕がいるよと鳴く声を聞いては引き返し、
声がしなくなるまでという格好で、最後の一匹まで運び切るそうだ。
なので、薄情な言い方ながら、
もしかしたらば、お母さん猫はもう探してはいないのかもしれない。

 “そんな風に思うなんて、
  勝手もいいところなのかなぁ。”

そして…そんな彼だということへ、
御主の勘兵衛もまた、

 『………。』

いろいろと気づいてもいようし、言いたいこともあるだろに。
少しでも話の“間”が空くと、
恐らくはそっちへ話が向くことを恐れてだろう、
妙にそそくさとし、視線を逸らそうと仕掛かってた七郎次へ、

 『……。』
 『〜〜な、なんですよ。////////』

それは判りやすくもくっきりと、
男臭い口角を引き上げ、微笑って見せてから、

 『何も儂まで恐れずともよかろうに。』
 『………。』

当初こそ、何をどう 勘違いしたか衝撃だったのか、
(笑)
妙に堅いお顔だった彼も。
今や とっくに、元通りの泰然とした様子でおり。
落ち着き払って頼もしい、七郎次の大好きな態度のそのまま、

 『今の今、その子をどうせよとは言わぬから、案ずるな。』
 『…っ。』

そんな風に言って下さってもおり。

 “もうちょっとだけ、こうしててよね。”

小さなお腹が上下するほど、深々と…ゆったりとした呼吸をし、
安心しきってくうくう寝入る2つの小さな存在へ。
すぐ傍らに腰を下ろしたそのまんま、
飽くことなく優しい眼差しをそそぎ続けている七郎次であり。
いい風が入るのを招くよに、網戸にしての大きく開いた掃き出し窓では。
金魚の絵が躍るぎあまんの風鈴が、ちりりんと軽やかな音を立てていた。





   〜どさくさ・どっとはらい〜  2011.07.26.


  *迷子の子猫さん、素性はまだ判らないままみたいです。
   夏休み企画…にまでするつもりはなかったんですが、
   とりあえず、もうちょっと続くようです。

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